『母になる』最終回・感想/それぞれの「母になる」を解釈してみた/あらすじ

      2017/07/10

 

2017年4月ドラマ『母になる』の最終回が放送されましたね。

『母になる』とはどういうことなのか?これは大きなテーマですよね。
この大きなテーマをどのようにドラマとして成り立たせるかという点では、難しいんじゃないかと当初から思っていました。

ドラマ自体、琴線に触れる非常に緊張感ある1話から始まりました。ところが、徐々に緊張感がなくなり、ホームドラマのようになっていってしまったのが少し残念ではありました。

・・・が、ドラマの本筋を考えれば、当然のように母親業をこなしている我々に、3人の母親を通して忘れていた何かを気付かせてくれたドラマだったのかなと思います。

 

この記事では、ドラマ『母になる』最終回のあらすじと、感想を綴っています。

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『母になる』最終回のあらすじ

 

 

 

門倉麻子(小池栄子)が東京を去ったことで、結衣(沢尻エリカ)はもう気持ちを切り替えようとします。
彼女には二度と会うことはなく、広(道枝駿佑)にも合わせないと。

そんな中、学校で行われるマラソン大会に広のマラソン大会に広が出場を決意。結衣はそれを応援するため準備に張り切ります。

一方、莉沙子(板谷由夏)は長期出張を断ったことを太治(浅野和之)繭(藤澤遥)に言えないでいました。
ところが、自分のせいで莉沙子が夢をあきらめたと察した繭は、再び参加できるよう会社へ直談判をしに行きます。
しかし、その場に居合わせた広の一言で繭に変化がおきるのでした・・・。

一方、やはり麻子への気持ちに決着をつけられずにいた結衣はマラソン大会のお知らせを麻子に送ってしまいます。

しかし、広は桃に大学生の彼氏がいる事を知り意気消沈…。マラソン大会には誰も見に来ないでほしいと言いだし、再び家族会議が開かれることに。

迎えたマラソン大会当日。広は誰からの応援もなくスタートするのだが、結衣は家にいても落ち着かずにいました。
そんな中、麻子はお知らせの紙を手にゴール地点に現れるのでした…。

 

それぞれの「母になる」を解釈してみた

 

 

『母になる』とは、どういうことなのか?
ドラマのスタート前に、こんな問題提起がされていました。
そのあまりに大きなテーマに、一つのドラマでその答えを導きだすのは難しいのでは・・・と思っていました。

それは最終回が終了し、視聴者の反応を見ても様々で、確かに大きすぎるテーマだったなぁと思います。

とにかく、一つ確実に言えるのは『母になる』とは?の答えは一つではないということ。
それぞれの立場で、精一杯母親であることの重みと幸せを感じられることが大切なんだと感じました。

それをドラマの登場人物である3人の母に重ね合わせることで改めて考えさせられた、そんなドラマだったと思います。

 

結衣(沢尻エリカ)にとっての『母になる』とは?

 

最愛の息子を誘拐されてから、空白の9年間・・・9年間は長く感じるけれども、その空白を埋めることはたやすいことだと個人的には思います。
誘拐されたのは4歳。実際3、4歳の子どもであれば、自分の母親をしっかりと認識できます。ドラマでなければこの歳になって違う女性が現れたとしても、本当の母親を忘れることはないと思います。

少しドラマの設定に無理があったかな、という感想は否めませんが、子どもには柔軟性があるのもまた事実。

9年も一緒にいたら、家族同然に思うのも当然ですね。

結衣が麻子と別れる間際に言った言葉・・・

「一つだけ、あなたにお礼を言うとしたら、何度もない日常がどんなに幸せか、母になることがどんなことか考えもしなかった。
おはよう、行ってらっしゃい、行ってきます、ただいま、おかえり、おやすみ・・・そういう言葉を言えることが、どんなに幸せなことか、あなたに奪われた9年間がなければ気付かなかった。
ありがとう・・・あの子を育ててくれてありがとう。」

この言葉は、麻子に対する結衣の心の決着であると思います。
ときとして、人を許すことがどうしても難しいときがあります。

忘れてはいけないのは、結衣は一方的に被害者だったということです。
過去を消し去ることができない以上、それを許すことができたとき、自分自身も呪縛から解放されるのだと思います

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麻子にとっての『母になる』とは?

 

麻子の人格が作られたのには、麻子の母親が大きな存在となっているのは明らかですね。
麻子の行為は、決して許されることではないのですが、麻子に同情する声も少なくありません。

また、世の中の不妊に悩む女性の心情は、私たちが思う以上に深刻です。
「赤ちゃんは作らないの?」「孫の顔が見たいわ」といった、軽い発言だと思えても、心臓に突き刺さるほどの痛みを感じるものです。

この観点では、ドラマを通して当事者以外の人たちに伝わればいいな~と思います。

それでも罪を犯してしまった麻子にとっては、これからもずっと二人の母親として仲良く・・・という都合のいいわけにはいきません。
結衣が「許せるようになったら働いている旅館に会いに行きます」という言葉に、すでに旅館はクビになっていることを知らせませんでした。これは、永遠に会うことはないという、麻子のけじめであり償いなのでしょう。

それでも結衣からの「9年間育ててくれてありがとう」という言葉には、どんなにか救われたことでしょう。

 

 

莉沙子にとっての『母になる』とは?

 

家事や育児が苦手な母親は少なくないと思います。
私もそんな母親の一人です。

それでも子供はたくましく育ちます。
母親には努力してなるものではありません。ましてや完璧な母親でいる必要などどこにもないと私は思っています。

もちろん、母親として世間一般のイメージ通り、家事ができて、育児もこなし、ママ友達とも楽しく付き合えて・・・それができるに越したことはありません。でもできないからといって母親失格ということは決してないと思います。
大切なのは、子供に対して、正面からしっかりと向き合ってあげることが大切だと思っています。

莉沙子の場合、仕事が楽しく生きがいである・・・これを見ている子どもは、寂しいながらも、社会とは苦痛を感じる場所ではなく、一人の人間を輝かせてくれる素晴らしいステージだと思うでしょう。
子どもにも個性がありますから、繭ちゃんのように理解できる子どももいれば、自分に向いてくれないとスネル子どももいます。

あえていうなら、われわれ母親は、子供の感情に敏感にならなくてはならないなぁと思います。
しっかりとアンテナを張って、子どもの変化を見逃さないよにしておくべきだということです。

ドラマの中では広が繭の気持ちを察していましたが、アンテナは多ければ多い方がいいですね。

もう一つ、莉沙子と繭を繋げているものに、夫の存在が大きいと思います。
家族からウザがられる、どこにでもいそうな夫や父親像ですが、子育てや子供に関することは夫婦で分かち合うべきだという考え方に、世の中の妻はどんなにか助けられるでしょう。
そんな見方からも、是非世の中のお父さんにも見てほしいドラマだったな~と思います。

 

まとめ

 

ドラマ『母になる』、視聴者の反応は賛否両論。
これだけ大きなテーマですから、そうなることは初めからわかっていたことだと思います。

また、登場する子どもがいい子ばかりでしたから、このような綺麗な終わり方になったけど、現実はもっと大変だといった意見もありました。確かにそう思います。

ただ、現実は・・・といったところで10話に収まるはずもありません。
今回のドラマ『母になる』では、母であることの素晴らしさを、あえて明るく綺麗に描くことで、未来の女性へのエールになっているのかな…と感じます。

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 - 2017年4-6月ドラマ, 母になる